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気づかいすれど、おかまいせず

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美山荘のおもてなしは、まさにタイトルの通り
気遣いはしますが、おかまいはしませんというもの。
自然以外何もないけれど、それがご馳走。
静かに自然に馴染んで同化していく。
そこにむやみに「他」を差し込んで、おかまいはしない。
あちこちに気づかいはあるけれど、放っておいてくれる。
けど、忘れられてる感じもしないし、心地よい。
放っておいていいことを見極め
「上手に放っておく」って、結構ハードルが高いのかも。

さて、ここまで何回かに分けてつらつらと書いてきて
まぁなんと厚かましいことよ。
我が親戚を謙虚さもなくべた褒めしてるやん…

そ、気づくと全く第三者の気分で楽しんでいて
多くのお客と同じように、帰り際にまた来たいと口走ってしまう。
そして、美山荘から帰るといつも、自分の生活を見直すことになる。
もちろん、美山荘でのことは非日常なんだけど
あそこには忘れたくないもの、忘れているものが一杯あって
自分を立て直す場所になっているのかもしれない。
東京の常連さんの気持ちがよくわかる。

時々不思議に思う。
この文明の中にあって、何故敢えて不便なもの、場所に惹かれるのだろうかと。
あんな山奥の、テレビもない、自動販売機もない、もちろんコンビニもない。
新たに手にいれたものがことごとく無いところなのに
心落ち着くのはなぜだろうかと。
私たちは便利さを追及してきたはずなのに…ね。
早く、簡単に、便利な方向に矢印を向けていたはずなのに…ね。
もしかしたら、「私」の中にある原始的、動物的なものが
何か不安を感じているのかもしれない。
この便利さに浸り過ぎるのは、生き物として不自然だよって。
普通ならできないこと、苦心することが、あまりに簡単にできているのを
何か錯覚してないかって。

そんな揺れ戻しがあるのかなぁとも思いつつ
次はいつ、誰と来れるかなと
ワクワクしながら、当てのないその日を待っている。



# by doublestrings | 2019-05-23 15:23 | | Comments(0)

美山荘の朝

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東京からの常連さんお二人は、いつも早起きをして美山荘のワンコのお散歩をされるのが日課という。
前日に若女将に了承をとっておいて、朝は6時半に
おおらかなクロと、ちょっと気の弱いハナに引っ張られながらお散歩に出発。
昨晩誘われていた私たちも、慌てて早起きをして追いかける。

お客同士で宿のワンコの散歩って、思えば不思議やね。

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お花がいっぱい、
いつもは目に入らない、小さな花も生き生きと目に映る。
改めて見ると、それぞれが当たり前の仕組みで生きているのがわかる。
当たり前ということ。
すぐ近くにもきっと咲いてただろうに、気づかなかったのは私。
それに気づく私。
何が違うのか。

こういうのをちょっとだけ頂いて、お部屋に生けはるんやね。
小1時間の散歩を終えてお部屋に戻ったら
もう昨日とは違うお花が生け替えてあった。

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美山荘の朝ご飯は遅い。
この日も8時半。
みんなして寝坊しているわけではない。
すでに仲居さんは植木に水やりをしている。
厨房からも音がしている。みんな早起き。
朝食が遅いのは、朝から摘み草をしていろいろ工夫されているので
準備に時間がかかっているからだ。
昨晩遅くまで食事をしていたのに、私のオナカは珍しくペコペコで
朝御飯が待ち遠しい。
胃に堪えるようなものを口にしていないせいかもしれない。

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「よめな」のご飯はこの時期に外せないもの。
山奥の遅い春の味。

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朝もカウンター席で東京の人たちと同席となった。
水野さんに至っては、昨晩私たちがわいわいと食事をしたあと
片づけをして車で30分のご自宅へ。
もしかしたら、すでに日付が替わっていたかもしれない。
そして朝はまた摘み草をして料理をし、ここにおられる。
これはもはや、修行の世界ではないか。
当たり前のようなその振る舞いを、感嘆をもって眺める。
にこやかにカウンターに立ち
「よめな」の香りのするご飯を、丁寧に返してお茶碗に盛ってくれる。
量は一握り。
それを味わって頂き、差し出されたお盆に乗せてお替りをする。
いい器を使っているからでもあるけれど
雑でないのはそのせいだけではない。
一つ一つが静かで温かい。
こんな気持ちになったら、お茶碗のへりにご飯粒など残しようがない。
残したらあかんよなんて言われなくても
それがどれほど無粋なことかが伝わってくるから。
一朝一夕では成就しない姿。

上の朝ご飯の写真、左上の小皿に乗っているのはサバのへしこ。
うす~く切ってさっとあぶったモノ。
塩辛いんだけど病みつきで、ご飯が進む。
鯖街道のある京都では貴重でかつ馴染のもの。
お味噌汁はイタドリ。
小さい頃、道端の太いイタドリを見つけては
皮を剥いてかじりながら駆けていた私。
野に放たれて育ったんやなぁと、お味噌汁に手をつける。

地産地消の手本のような食卓。
巷では苦労なくどこからでも食材を調達できる時代になって、世界が手中にあるような錯覚さえ覚える中で
朝から野山に分け入って、自分の目で探して摘み、料理する。
その意味は深い。
豊かさってなんやろ、と考えてしまう。
無駄なく無理なく「自分」が掴める範囲内での丁寧な生活。

身体が素直になっていく。


# by doublestrings | 2019-05-22 08:09 | | Comments(0)

楽しい晩餐

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離れで宿泊し、向いの母屋で食事をする。
仲居さんが呼びに来てくれ、通されたのはカウンター席。
カウンター席は初めて。

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カウンターの中で料理長が料理してくれる。

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お料理のいくつかをご紹介しよう。
白味噌仕立ての汁椀の中には、小さい小さい柏餅。
「葉っぱは食べんとお椀に残してください」と料理長。
柏の葉っぱを広げると、中にとろけるようなお餅が一口。
上にちょこっと乗っているのは辛子。
白味噌の甘味に辛子が絶妙。

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五月の節句ということもあって、菖蒲とよもぎで飾られた大きな器。
ちなみにこの菖蒲は花が咲かない種類のものだそうな。

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菖蒲の下には粽が隠れている。
中身は鯖ずし。
お皿もまた節句のもの。
実はこの粽の巻方は、おばあちゃんに教わって私も巻いたことがある。
たぶん、今でも巻ける。
巻くのが楽しかったなぁ。
笹の葉を蒸して3枚を少し重ねて広げ
私の家ではつきたてのお餅を巻いた。
この笹の葉、表裏を間違うと、食べるときにお餅がひっついてきれいに剥がれない。
うっかりしてよく失敗した。

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この日一番唸ったのはこのお椀。
手前には鯉をさっと揚げたもの。
その後ろのカラフルな野菜は神道の五色の「吹き流し」を表している。
つまりこのお椀には鯉のぼりが泳いでいる。
なんて繊細で美しい料理!
日本料理ならではの世界に、しばし箸をいれることができず眺めた。

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アマゴの稚魚を目の前で炭で炙ってくれた。
塩をして炙っただけ…なのに頭から丸々食べられるほど柔らかい。
全く骨が触らない。
今のアマゴだからこそだそうな。

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季節感を大切にしているものが並び堪能する。

カウンター席には私たち以外に年配の女性二人連れがいらした。
はるばる東京から新幹線とタクシーを乗り継いで来られたという。
タクシーと言っても京都からくねくね山道を1時間半はかかる。
美山荘をよく知っている、馴染みの運転手がいる様子。
そうやって、遠路辿り着いていつも2泊されるという。
更に更に驚いたのは、四季折々来られているらしい。
つまり年4回。
「銀座で場所代のばか高い気取ったお料理やお寿司を食べるくらいなら、お金をためてここに来ます」
お二人とも普通の人だと思う。
まだ働いておられ、美山荘のために貯金されているんだそうな。
決してお安くはないどころか、なかなか手が出ない金額になるけど
本当にここが好きでたまらないという思いが
すっぱりと価値観を変える。
「他はいいんです。もうここだけでいいんです。」と言い切っておられた。
日々頑張って働き、そのご褒美となっている美山荘。
いつも帰り際に次の予約を入れられるんだそうな。
なるほど、私たちが予約を取りにくかったのも合点がいった。

このお二人、いままでは三人で来られていた。
けれど、一人が重い病に罹りもう来れなくなったそうで
彼女の好きなものを前に、しんみりされていたところ
私たちとの賑やかな宴となり、気が晴れたととても喜んでくださった。
人生の悲喜こもごも、泣き笑い。
こういう引き合わせ、セッティングもまた若女将の策かと想像する。
ちなみに若女将、私の知る中で一番のべっぴんさん。
話しながら見とれてしまう、お雛さんのように美しい。
なのに気さくでテンポのいい楽しい会話もできて、最高の女将だ。
気になる方は検索してみてね。

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通ってもう10年以上になるという東京の人たちと
楽しく楽しく食事をし、お酒を酌み交わす夜。
ニコニコしながら料理を出してくれるのは、料理長の水野さん。
先代から美山荘を支えていて、今の主人をある意味鍛えた人。
その人から、私の祖母や父のことが懐かしげに語られたのは嬉しかったなぁ。
帰宅して父に話したら、父もまた水野さんのことをよくよく知っていた。

すでに水野さんともスタッフとも懇意な東京からのお客さんたちと
爆笑トークと美味しい食事、至福の時間を過ごす。
美味しいものを楽しく食べられるほどの幸せはないかもしれない。
気が付けば3時間半も時間が経っていた。

大満足の夜、ふかふかのお布団で深い眠りについた。
あ~来てよかったと、細胞が膨らんでいた。













# by doublestrings | 2019-05-20 14:44 | | Comments(0)

美山荘にて

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親戚の繋がりというのは、総じて面倒なものだけど
私にとってここだけは違う場所、美山荘。
祖母の本家にあたる繋がりで、その末端のまた末端に引っかかっている親戚筋にあたる。

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明治時代に大悲山 峰定寺(だいひざん ぶじょうじ)の麓で宿坊として始まった。
峰定寺は鳥羽法皇の勅願で創立された修行の寺。
父も幼いころにここの祭事で、裃を着せられて修験者と一緒に練り歩いたという。
三代目が都に出て茶懐石や器について学び、今の美山荘の形となり
そのあとを継いでいるのが息子である現在の主人。

「摘み草料理」…その日その日に摘んできた野草を使っての創作料理で
人によっては「ただの草やん」という評価にもなりえるけれど
「摘んだものが一番幸せになるように料理を考える」というのが三代目の教え。
日々の摘み草で料理を考えるところから始まる。
とはいえ、何が摘めるかわからない。
逆に言えば、摘めなければ料理が作れないということ。
だから根こそぎ摘まない。来年のために置く。
冬場、あたり一面雪に埋もれた中でも、どこに何があるかを熟知していて
同じく良く知っている獣に先を越されなければ
雪を掘った奥に、ひっそり芽吹いている野草を見つけることができる。
あるいは、手の届く範囲は獣が食べてしまうので
時に脚立を持って山に入り、上の方のまだ無事なところから摘み草をする。
そうやって、自然と心を通わせることで
「採る」のではなく、あえて「摘む」という。
万葉の大宮人の遊び心を工夫したと、大女将の和子さんが言うように
その日摘んできたものを最大限においしく料理すること。
「板場」とは言わず「料理人」と呼ぶのもその思いから。

毎日忙しくしているmintが、美山荘に行きたいといってくれたのは、もう2年も前のこと。
忙しいmintと1日4組しか泊まれない美山荘との都合が合わず
この度やっとその思いを叶えることができた。
大きなカメラを抱えて世界を飛び回っているmintの目に
果たしてこの美山荘はどう映るのか…興味深い。

美山かやぶきの里から、くねくね山道を奥深くに1時間車を走らせる。
何度か行っているけれど
山に分け入る道中で、だんだん気分が変わっていくのは
街中の料理屋とは違うところかもしれない。

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通されたお部屋は、以前ひみつ会議でも泊まった「石楠花(しゃくなげ)」の部屋。
手前1畳ほどのスペースに、金庫やお茶などの一応のものは用意されているけれど
メインの部屋には何もない。
テレビもないし、先日までは携帯さえ通じなかった。

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縁の向こうにテラスがあり外に出る。
下を川が流れている。

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川の流れる音と河鹿の鳴く声だけの世界。
夕方になってなんだか数発爆竹の音がしたなと思ったら
山のほうでお猿さんを追っぱらっているんだそうな。

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お花はその日に山で摘んできたものを大女将が生ける。
どうやらこの花器は骨董の湯たんぽらしい。
自然の生き生きとした花の良さ。
ツルが元気に這うので、台座に乗せられたんだろうね。
花に見とれる。

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こんな生け方、私がやったら「もうちょっとなんとかならんの?」て言われること間違いなし。
心得のあるなしの違い。

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仲居さんが小豆の乗った栃餅と、お薄を運んでくれた。
この栃餅はもちろん自家製で、毎日作っているという。
お薄も美味しくて、勧められるままお替りをする。

頭も体もスイッチが入れ替わっていく。











# by doublestrings | 2019-05-19 14:45 | | Comments(0)

青い車が走る~☆

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mintと京都の北に向かって、青い車を走らせる。
久しぶりの遠出。
向かうは美山…私の大好きな場所。
そ…この近辺で生まれ育ったんだから。

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美山で有名なのは「美山かやぶきの里」
山のへりに添って、かやぶきの家が立ち並ぶ美しい光景。
今や外国人にも大人気で、観光バスを連ねてやってくるし
街中と同じように異国の言葉が飛び交っている。
本当は山間のひっそりした寂しい場所だったんよ。
今では逆に高価になってしまって手間暇かかるかやぶきの屋根。
けど、昔はみんなこうやってん。

白川郷ではあまりの人出で橋が耐えられなくなったなんて
信じられない話が聞こえてくるけれど
その分余計にこの美山に人が集まっているんだとか。


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集落の中にも車は入れるけれど(住んでおられる方もいるんだからね)
敢えて下に車を置いていく。
いきなりの蓮華畑に、mintが大きなカメラを持ってあぜ道にかがんで熱心に撮影している。
思えば、ここにmintのいる風景が不思議。
mint と一緒にこんなところに来てるんや。
気に入った写真が撮れるといいな。

撮影に熱中しているmintとは別に、私はぼちぼちと集落に上る。
懐かしい。
ここには手を伸ばせる範囲での、背伸びしない生活があったし
自分の足元が見えていた気がする。

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上のほうにある「ちいさな藍美術館」に向かう。
もう何度目かな。
新道弘之さんという藍染めに魅了された人が開いている私設美術館。
布を大きなステンレスの丸い筒に巻いて圧縮しながら染めていかれるので
出たところだけが藍に染まって、布を広げると藍が線になって染め上がる仕組み。

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実は以前に浴衣を染めていただいたことがあった。
染め上がった反物を受け取って、それを縫いに出したとき
「藍染めなので一度洗った方がいいんじゃないでしょうか?」と言われて
慌てて新道さんに問い合わせたところ
「私の染めたものは色落ちしません」という力強いお返事をいただいた。
その通り、暑い最中に着て自宅でジャバジャバとお洗濯しても、全く色落ちも滲みもしない素晴らしさ。

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久しぶりにお会いしてひとしきりお話をする。
着物1反となると12mにもなるから、だいぶ体力的にも大変になってきたので
この頃は着物を染めておられないそう。
私はいいときにお願いしたと思う。
代わりに糸を染めて、ぱったんぱったんと織物に凝っておられるとか。
その通り、織りかけの布が機織り機にあった。

かやぶきの家に住み、そこで染めや織物をするなんて
ほんまに憧れで目がハートになってしまう。

手間暇かかることをめんどくさがらない、そんな気持ちは持っていたいね。



# by doublestrings | 2019-05-15 18:47 | | Comments(0)