天神祭り



祇園祭りが終わったら、次は大阪天神祭り。そう…夏はお祭り続き。

1年364日は私たちがお参りし、残りの1日…お祭りの日に神様が出てこられる。
暑いから庶民を心配して出てこられるんだそうな。
その神様を乗せた船渡御で、船の曳航の順番が決まっている中
唯一縦横無尽に船を操ることが許されているのが「どんどこ船」
今時は少年の乗るどんどこ船もできたようだけれど、昔はただの1隻のみ。
親戚がちょっと天満宮さんとご縁があって、30年以上前からこの船を任されている従兄弟たち。
きりっと鉢巻を締め天神さんの法被を着て、船頭をやったり鳴り物をやったり…
若い子を育てることも学んだはず。

それぞれの船に筏(いかだ)が付いていて、それに乗せてもらったこともある。
造幣局の前で繰り広げられる大きな花火を独り占め気分で観た。
あ、筏といっても木を組んだあの筏ではなく、大きな観覧船のこと。
映像の橋のたもとに写っているのが、それ。



最後は道頓堀川まで船を漕いで、そこで川の周りの人たちと手を合わせる。

船渡御で船がすれ違う時など、あちこちで行われる「大阪締め(おおさかじめ)」
それは大阪を中心に行われている手締めで
物事が無事に終わったことを祝い関係者が掛け声とともに打つ手拍子のこと。

「打~ちましょ」チョンチョン
「もひとつせ〜」チョンチョン
「祝うて三度」チョチョンがチョン

関西では、お祭りの時以外にも証券取引所や経済会合でもこの大阪締めが用いられ
浪速の商人には欠くことのできない習慣の手締め。

法被に鉢巻の勇ましい彼らは、かっこいい。
そして、その通り、橋のたもとからもビルの窓からも黄色い声援が送られ
時に電話番号を書いた紙が降ってきたりして…錯覚の世界。(笑)
お尻の皮が剥けたって、手の豆がつぶれたって止められない。

就職の面接のときも「天神祭りの日には休ませてもらいます!」
そういって就職した従兄弟いるんだから…錯覚の世界に目覚めはない。(笑)
7月に入ると船の準備やなんやかやで、血が騒ぎだすらしい。

暑いときには暑いことを楽しんで、ちょっとでも暑さを吹き飛ばして
いろんな厄除けができたら楽しいよね。
だって、暑いのはどうしようもないんやから…

祇園さん、天神さんのお囃子に乗せて、いいことがありますように…
東大阪と関東に向かって言うとこ。(笑)



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# by doublestrings | 2017-07-26 19:18 | その他 | Comments(0)

隠れ家にて

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いろいろ有ったから、お祝いも含めて先斗町の隠れ家「一養軒」に。
先斗町を少し歩いて、途中からクルッと路地に入る。
ちなみに京都では「路地」は親しみを込めて「ろうじ」という。
そして…先斗町というのはポルトガル語。

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こういうお店は仕事帰りの人が一杯ひっかけにくるんだろうか。
週末ということもあって、貸し切り状態。
相変わらずグラスがずらりと並ぶ、そこはバー。
そう…ここは食べるより飲むところなんだろう。だけど、食べるんです。(笑)
メニューは全く変わらないモノばかり。

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オードブル。

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ホワイトアスパラは久しぶり。

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ボリュームたっぷりのチキンソテー。

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お馴染みのビフカツ。
どちらにもフランスパンをつけてもらう。
これについているバターがまた、ほどよい柔らかさで…そういう心遣いがこのお店の良さ。

カンチはビールに始まって、ハイボールやウイスキーのロックを何度もお代わり。
そして、もう打ち止めかというときに、またメニューを開く。(笑)

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これは食べてないからって、エビのコキール。

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さっきオードブルで出て来たのに、コロッケに目がないカンチはコロッケを頼む。
ここではコロッケのことを「コロッキー」って言うんだよ。
ちなみにデミグラソースは「ドビーソース」って呼ぶ。
もう一通り食べたあとだったので、マスターが気遣って
「コキールかコロッキーのどちらかにされますか?」と念をおしても、「両方!」って。(笑)
このほかにもサラダの盛り合わせ頼む。(写真撮り忘れ)
マスターはカンチの飲み物が空になっているのを気遣って
お中元に戴いたというワインを開けてくれた。

創業1911年。つまり100年以上前に、馬主でもあったおじいさんが始めたというお店。
1978年に元は住まいだったこの場所に移転し、今は孫の代のマスターがやっておられる。
お料理は2階の見えないところで、お母さんと妹さんが作っておられて
その足音がしているのも、なんだかほっこりする。
その2階からお料理が小さなエレベータでチン♪と届く。

お勘定をするときに「ようお食べになりましたね」って褒めて?もらう。(笑)
途中で「夏バテ知らずですか?」とも聞かれた。
2人とも、よっぽと食いっぷりがよかったのか。(笑)
一気にこれだけの品が並んだら、きっと躊躇するだろうけれど
ちょっとずつ運ばれてくると、知らぬ間に胃袋に収まる不思議。(笑)
快気祝いにふさわしい?いや、食べ過ぎやって声も聞こえてくる。
貸し切り状態だったから、寡黙なマスターともいろいろ話すことができ
マスターの趣味の話から、美山荘も話題にあがる。
グラスの磨き方も教えてもらったよん。

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先斗町は祇園祭のせいもあって、いつにもまして外国人や若者がぞろぞろと
気をつけないと肩があたるくらいの人が往来している。
でも、一歩路地を入ったところの一養軒の、なんとひっそりしたことよ。

大暑を迎える京都を涼む。




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# by doublestrings | 2017-07-25 10:19 | 食事 | Comments(0)

似て非なるもの

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葛きりとトコロテン、更に寒天は似ているようで、どう違うのか
よくわかってなかったのでお勉強~♪

葛きりは、葛粉を水で溶かし、型に入れてから加熱し板状に固めて
うどんのように細長く切った麺状の食べ物。
一方トコロテン寒天は天草からできている。
トコロテンは漢字で書くと「心太」
天草を煮溶かして、寒天質を冷まして固めたものを「天突き(↑写真タカトーさんより)」で押し流して細長くしたもの。
寒天はそのトコロテンをフリーズドライさせたもの。
トコロテンは低カロリーでほとんど栄養価がないけれど
ヨウ素は豊富で、細胞生成に大きな役割を担う。
一方の葛きりの葛粉は体を温め血行をよくするとして
風邪の対症療法として葛根湯や胃腸不良の時の民間治療薬として利用されてきた。
今時、葛粉は供給量が少ない為
ジャガイモ澱粉などを原料にして葛切りを模した食材が一般に使われることも多いけれど
ジャガイモ澱粉は体を冷やす作用があるので
真逆になってしまうので、見極めて食べなきゃ…ね。

ついでに…
ゼラチンは動物の皮膚や骨、腱などの結合組織の成分コラーゲンに熱を加えて抽出したもので、成分はタンパク質。
そしてマロニーはでんぷん春雨。

こう並べると、良く似たものがぎょうさんあるわ。(・・;)

葛きりが血行を良くするのであれば、むしろ真夏にむいてないようにも思うけど
あの冷たさとつるつるとしたのど越しが、やはり夏のイメージ。
鍵善さんの葛きりは、私にはどう考えても「夏」なんだけど…

つるつるにもいろいろある、というお話。







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# by doublestrings | 2017-07-24 16:39 | 食事 | Comments(0)

京都の夏

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猛暑には猛暑の過ごし方があって、結局はそれを逆手に取るしかないってことかもしれない。
その中の一つ、祇園石段下の鍵善良房にて「葛きり」を食べにいそいそと向かう。

混んでるだろうなと思ったら案の定店内には10人以上待っている人が。
どうしようかと思いつつ、普段ならさっさと帰るのに(並ぶのが好きでない)
涼しい店内にしばし待つことにする。
何しろ、ほとんどの人は葛きり目当てだから
するする~っと食べてあまり長居しないと踏んで。(笑)

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それほど待たずに順番が来て、迷わず葛きりの黒蜜仕立てを頼むと
ほどなく、葛きりがうやうやしく運ばれてくる。
たぶん、初めて見る人は、ましてや外国人はびっくりするかもっていう器で。

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二段重ねになっていて、上には蜜の入った器。
下は氷がゴロンとはいった中に葛きりが泳いでいる。

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ほらほら…美味しそうでしょ?
まさに「のどごし」命。
葛きりは鍵善さんが一番やと思う。

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蘇民将来…八坂神社の門前にあって、その由緒ありそうな札が店先に揺れている。
葛きりを食べたからって、汗が止まるわけでもないけれど
目で、体で、舌で涼を味わう工夫に
なんだか一山超えたような気分になる。

暑いのも悪くないかも。






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# by doublestrings | 2017-07-23 13:35 | 喫茶 | Comments(0)

家に帰りたい

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日野原重明医師が亡くなった。1911年生まれ、105才…生涯現役を唱えておられた。
自宅でお亡くなりになったという報道に、なるほどと頷く。
聖路加国際病院名誉院長ともなれば、病院の一番いいお部屋で過ごすこともできたはず。
だけど、自宅で最期を迎えられた。

母が亡くなる直前、家に帰りたいと私に言った。
私はその時、まだ治る余地があると思っていたし、ICUに入っていたので帰宅は危険だと思い
もう少し頑張ろうと励ました。
母はそのまま亡くなった。
後悔先に立たず…延命治療をしなかったことだけが、母の思いに添ったことだった。

自分が入院する立場になった時、自宅がどれほどいいものかを改めて思う。
病気は医師が診てくれるけれど、「私の心」は置いてきぼり。
病気が重ければ尚更のこと、治療が最優先になるので
「自分」の始末は「自分」でしなければならない。
長い一日をなだめすかし、明るい外に目をむけながら「その日」を指折り数える。
私の場合、先が明るかったから、まな板の鯉になって「辛抱」もできたけれど
帰れない状態だったらどうだろうか。
やっぱりどんなにしても自宅に帰りたいと思うだろう。
帰りたいといったあの時、母は自分の状態を悟っていたのかもしれない。

無理してでも連れて帰るという選択は私にはできなかった。
その時その時、一生懸命考え判断したつもりだったけれど
母を家に連れて帰ってあげられなかったことが、ずっと心の錘になっている。
時間は取り戻せない。
今更どうしようもないけれど、最期の風景をどう描くか、描く手助けができるかは大事なことだと改めて思う。

お母さん、連れて帰ってあげられなくてごめんね…今も時々思っている。



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# by doublestrings | 2017-07-20 19:08 | その他 | Comments(0)

空の向こうに


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